2010年10月24日
首尾一貫感覚
最近およそ毎週末、渋谷の道玄坂にある研修施設に通って、
ゼミナールを受けています。今日明日もそうですが、
講師1名に受講生10名、毎週あらかじめ与えられた課題に
ついて話し合い、グループとして1つの意見をまとめていきます。
その予習準備もやや大変ですが、学生時代に戻った感じで
懐かしい気がしますね。
ゼミは男女同数ですが、男性がどっちかというと色々な方向に
議論を展開しよう(格好つけよう?!)として収拾不能に陥る
傾向があるのに対し、女性はまずは確実に文章に落とし込み、
早目にまとめていきましょう、というような堅実な姿勢を見せる
方が多くて、何だか面白いなーと思っています。
研修は来月下旬まで続き、最後は記述試験もあるので、もう少し
頑張ります!
さて最近仕事に関連して読んだメンタルヘルス関連の本に、
なるほど~と思える部分があり、簡単にご紹介します。
皆さんは「首尾一貫感覚」って聞いたことがありますか?
先の大戦下でナチスに強制連行されたユダヤ人の方々の、
収容中と幸いにも解放された後の精神状況を研究し、
そんな過酷で絶望的な状況下にあっても精神の安定と健康を
強く保ってきた方たちは、いったいどんな性質・素養を
もっているのか、その結論がこの「首尾一貫感覚」なのだそうです。
アントノフスキーさんという社会学者の「健康生成論」という
研究では、強制収容所から解放されたユダヤ人たちのおよそ
3割が、この「首尾一貫感覚」を得てその後も精神的健康を
保っていたそうです。
具体的には以下3つの要素から成っています。
①把握可能感
どんなものでも原因があって結果がある、その一連の事態を
理論的に秩序立って理解し、説明できること。換言すれば
突然起こった出来事に対しても、なぜそれらが起こるのか、
今後はどのように推移するか予測できること。
②対処可能感
そんな突然の出来事にも、自分は様々な形で取り組み、必要な
限りで挑戦して、適切に処理できる能力があると考えられること。
「なぜ自分ばかりがこんな目に・・」とか「どうせダメ」と
思うのではなく、「何とかなるぞ」と思えること。
③有意味感
何に対しても、自分にとって意味のあるものなのだと考え
られること。「無駄」や「疲れるだけ」と考えがちなことでも
自分の力を投入し、時間を費やし関わる価値のある、歓迎すべき
一つの挑戦である、と思って全力を傾け最善を尽くせること。
例えば「親しい人との死や別れ」「難しい病気にり患したり、
事故に遭うこと」「失業」などといったとても不幸な事態に直面
してしまったときには、この「首尾一貫感覚」をもって、いったん
冷静に考えられると良いのでしょうね。
しかし、尖閣諸島について私たちの政府が取った一連の
外交対応には、しばしひどい絶望感に襲われますね・・。
私はちょうどこの「首尾一貫感覚」で考え、気を紛らわしたり
しています。
ゼミナールを受けています。今日明日もそうですが、
講師1名に受講生10名、毎週あらかじめ与えられた課題に
ついて話し合い、グループとして1つの意見をまとめていきます。
その予習準備もやや大変ですが、学生時代に戻った感じで
懐かしい気がしますね。
ゼミは男女同数ですが、男性がどっちかというと色々な方向に
議論を展開しよう(格好つけよう?!)として収拾不能に陥る
傾向があるのに対し、女性はまずは確実に文章に落とし込み、
早目にまとめていきましょう、というような堅実な姿勢を見せる
方が多くて、何だか面白いなーと思っています。
研修は来月下旬まで続き、最後は記述試験もあるので、もう少し
頑張ります!
さて最近仕事に関連して読んだメンタルヘルス関連の本に、
なるほど~と思える部分があり、簡単にご紹介します。
皆さんは「首尾一貫感覚」って聞いたことがありますか?
先の大戦下でナチスに強制連行されたユダヤ人の方々の、
収容中と幸いにも解放された後の精神状況を研究し、
そんな過酷で絶望的な状況下にあっても精神の安定と健康を
強く保ってきた方たちは、いったいどんな性質・素養を
もっているのか、その結論がこの「首尾一貫感覚」なのだそうです。
アントノフスキーさんという社会学者の「健康生成論」という
研究では、強制収容所から解放されたユダヤ人たちのおよそ
3割が、この「首尾一貫感覚」を得てその後も精神的健康を
保っていたそうです。
具体的には以下3つの要素から成っています。
①把握可能感
どんなものでも原因があって結果がある、その一連の事態を
理論的に秩序立って理解し、説明できること。換言すれば
突然起こった出来事に対しても、なぜそれらが起こるのか、
今後はどのように推移するか予測できること。
②対処可能感
そんな突然の出来事にも、自分は様々な形で取り組み、必要な
限りで挑戦して、適切に処理できる能力があると考えられること。
「なぜ自分ばかりがこんな目に・・」とか「どうせダメ」と
思うのではなく、「何とかなるぞ」と思えること。
③有意味感
何に対しても、自分にとって意味のあるものなのだと考え
られること。「無駄」や「疲れるだけ」と考えがちなことでも
自分の力を投入し、時間を費やし関わる価値のある、歓迎すべき
一つの挑戦である、と思って全力を傾け最善を尽くせること。
例えば「親しい人との死や別れ」「難しい病気にり患したり、
事故に遭うこと」「失業」などといったとても不幸な事態に直面
してしまったときには、この「首尾一貫感覚」をもって、いったん
冷静に考えられると良いのでしょうね。
しかし、尖閣諸島について私たちの政府が取った一連の
外交対応には、しばしひどい絶望感に襲われますね・・。
私はちょうどこの「首尾一貫感覚」で考え、気を紛らわしたり
しています。